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  • 大井駿

フォーレ: ヴァイオリンソナタ第1番 イ長調 作品13

最終更新: 2018年8月8日

フォーレは非常に特異な作曲家です。

というのも南フランスで生まれ育ったフォーレがパリへ単身上京し、11年間通ったのはニデルメイエール宗教音楽学校。彼は当時まだ新しかったこの音楽学校で主に宗教音楽、合唱指揮を学びます。卒業後4年間、田舎町レンヌでオルガニストを務めますが、この間全くやる気のない生活を送り、退職後は自ら志願し普仏戦争に従軍し戦地へ赴きます。

(ちなみにレンヌでの4年間の生活で彼が何をしていたのかはいまだに分からないそうです…)

学生時代、フォーレのピアノと作曲の先生だったサン=サーンスは彼のことを「出世欲のなく野心にかけた学生」と評していましたが、そんな師の尽力により26歳よりサン・スュルピス教会、29歳よりサン=サーンスの後任としてマドレーヌ寺院のオルガニストを務めます。この様にフォーレは幼い頃より宗教音楽に触れており、この影響はフォーレの複雑で難解なハーモニーに現れます。そして彼独特の和声法は弟子モーリス・ラヴェルらに引き継がれ、フランス音楽の先駆となったのです。



マドレーヌ寺院の職に就いた翌年、それまではもっぱら演奏活動をしており、作曲をしても声楽曲しか書かなかったフォーレは初めての器楽曲としてヴァイオリンソナタ第1番の作曲に着手、一年かけ完成させます。

1877年初頭、パリのサル・プレイエルにてマリー・タヨーのヴァイオリン、作曲者自身のピアノでの初演は大成功します。ヴァイオリンソナタというジャンルに於いて、ブラームスより3年、フランクより10年、そして師サン=サーンスより9年も先に作曲し、成功させているというのは注目に値するでしょう。フォーレの将来を心配していたサン=サーンスもこの初演後に「フォーレは既に巨匠となった!」と新聞上で絶賛します。オルガニストとして仕事していた影響もあるのか、全曲通してピアノの低音部の支えがまるでオルガンのように厚いのが聴きどころです。

余談ですが、文豪プルーストとフォーレは互いに親交があり、演奏も度々聴いていました。プルーストにはお気に入りのフォーレの作品がいくつかありましたが、この曲もそのうちの一つで、大作「失われた時を求めて」の中にもこのヴァイオリンソナタが出てくる場面があります。(ぜひ探して見てください!)


第1楽章 Allegro molto

1ページという異例の長さのピアノによる前奏で始まる第1楽章は、ヴァイオリンが旋律をリードする形をとります。展開部では複雑な転調を繰り返し、突然のコラールが登場したのち再現部へ戻ります。終わりは、第1主題の回想と共に教会旋法の一種・リディア旋法が導かれ、駆け上がるパッセージによって幕を閉じます。


第2楽章 Andante

フォーレが得意とした舟歌のような作風をもつソナタ形式の楽章。

この楽章の注目すべきは巧みな楽器やリズムの転換で、「提示部はピアノの分散和音にヴァイオリンの旋律で始まるが、再現部ではその役割が入れ替わる」「上昇形の第1主題に対し、第2主題は下降形」「第1主題のリズムが、第2主題では逆転する」等、緩徐楽章ながらも非常に遊び心に富んでいます。


第3楽章 Allegro vivo

1拍子と書かれたこの楽章は不意なアクセント、入れ替わる奇数拍と偶数拍によって気まぐれな印象を与えます。軽やかで機敏さやユーモアに溢れ、非常にフランス的なスケルツォです。初演の際にはアンコールとして第3楽章のみ複数回演奏されたほど好評を博しました。


第4楽章 Allegro quasi presto

ヴァイオリンが長い旋律を歌って先導、ピアノが休みなく細かい音符で支えます。曲の構成も非常にシンプルです。フォーレ自身気に入ってたのか、この楽章の冒頭のメロディーはピアノ連弾曲「ドリー」にも用いられています。


©️2016 Shun Oi

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